赤ペンPの添削日記
由無し事を徒然に書き連ねる日記。
09 | 2017/10 | 11
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キッカケ、というもの。
PCを買い換えて自キャプ環境にして、あっという間に1年が過ぎました。
もう借り物Pとしてやっていた頃よりも長い時間になるんだなぁ。

ニコマス界隈で色々やっている赤ペンPは、このブログと共に
歩んできているのが実情だと思うんだけど、「動画を作る人」としての
私は、自キャプ環境になったところがひとつの節目でした。
冷静に考えればそれって当たり前に節目となる出来事なんだけど、
私にとってはもうちょっと深い意味があるのかなーなんて。

正直なところ、今の段階からさらに環境を変えるという選択肢は
全く私の中にはありません。PCのローンもまだ残ってるし(笑)。
CS4も不要かなぁ。少なくとも、「ニコマスのためだけに」という
理由では、もう動かないと思います。

ふと、自分が動画を作り始めた頃を思い出しました。
思い出すって言っても、たかだか2年に満たない時間しか
遡らないんですけど。


今からニコマスに新規参入しようとする人からすれば、
技術も底上げされ、様々なジャンルに枝分かれしている中で
「どんな事をやったらいいのか」という難しさがあると思います。

一方、私がデビューした頃はそもそも「どうやって作るのか」から
調べなきゃならなくて、もちろん私もオンナスキーPのあのページ
お世話になりつつ、それでもわからない事が多くて。

そんな中でニセPのブログに足を運んで、そこにいた人たちに
いろんな事を教えてもらってデビューをした事は、このブログでも
最初の頃に書いたとおりなんですが・・・今にして思えばさ、
随分思い切ったことをしてるよね(苦笑)。

動画初心者が、動画の作り方について調べたいと思ったら。
今は当時と比べれば遥かに様々な情報へ、容易にアクセスが出来ます。
wikiや解説動画的なものもあるし、有志の皆さんがツールを作られてたり、
ブログをはじめとするコミュニケーションのためのツールもあれば、
そもそも「そういうものを利用して交流をする」という思想そのものが
随分と一般化しているし。

そういう状況の変化があるから一概に比較は出来ませんけど、
例えばこのブログに、「今は見るだけだけど自分も作りたいです」っていう
質問のコメントがあって、その人に対して懇切丁寧に説明するどころか
エントリまで作って色々教えてもらうとか、そういうシチュエーションが
想像できるかと言われたら、ちょっと無理(苦笑)。
もちろん邪険に扱うなんて事はありえませんけど、でもあの時は
ブログの主のニセPどころか、コメントをよく残してた人たちまで
巻き込んじゃってましたからねぇ。

少々生意気な話になりますが、私はそんな経緯でニコマスPとして
デビューしましたから、そこからしばらくの間は、
「デビューしたいんならすればいいじゃん」
「わからない事があるんなら聞けばいいじゃん」

くらいのことを思ってたんですよね。

だって、自分がそうしてきたから。
「するかしないか」の選択肢で「する」を選ぶ、
ただそれだけの事だと考えてたから。

でも、どうもそれは勝手な思い込みくさいな、
って事を徐々に考えるようになって。
それは私個人の性格だったりとか、その時の状況なんかが
重なった上での幸運だったんだなぁと、今では思っています。

自分の価値観を他人に押し付けるもんじゃないよね。
昔ブログにも書いたけど、「じゃあお前が(お前も)やってみろよ」とか
言い合う状況って、たいていロクなもんじゃないですからね。
あの頃から職場は変わったけど、そういう論議ってどんな場所でも
必ずあるもんなんだなぁ・・・(何気に仕事の愚痴)。

人間って、自分が考えている以上に
物事を始めるときでも、終わらせるときでも、
その為の"大義名分"を求めるものです。
ちょっと言葉のニュアンスが悪くて申し訳ないんですが、
ちゃんとしたものでも言い掛かりくさいものでも、とにかく
理由というか、キッカケを欲しがるって事ね。

最初の話に戻ると、当時借り物Pであった私が自キャプ環境に
移行することを決めた直接のキッカケは、ステ6の閉鎖でした。
でも、経済的な状況とか日常生活のこととかを思い出してみると、
もっと早く移行することも全然出来たはずなんですよね。
そこには「たかが趣味にそこまでやっちまうの?どーする俺?!」的な
考えがあったことは否めません(笑)。

そんな状況で、ステ6の閉鎖=素材の枯渇、という状況が
私にとっての"大義名分"になったわけです。動画は作り続けたい、
でも素材はない、他の人にお世話になるわけにもいかない。
この状況になってようやくその道を選んだと。
「そこまでやっちまうの?」という疑問に対して
「素材を手に入れるためには仕方ない」というエクスキューズ
私は欲していたんでしょうね。

終わらせる時に関しては・・・ニコマスの話は例えにできないな(苦笑)。
例えば私は競馬を趣味としています。恐らく競馬そのものとの付き合いは
死ぬまで続くと思います。でも、「馬券を買う」という行為はどうか。

今の生活環境が続く限り、やめる理由は出てきそうにありません。
でも、その理由になりそうな事はこれからいくらでも出てくるでしょう。
結婚した。子供が生まれた。収入が減った。他の事にお金を費やしたい。
あるいは何かの理由で、競馬自体がキライになる事だって無い話ではない。
馬券を当ててアホみたいに儲かって、そこから熱が冷めていった人も、
負けた金額は些細だったけど、その負け方が原因で止めていった人も、
実体験として知っています。

その理由が純粋なものなのか、建前的なものなのか、
それはわかりませんけれど、少なくとも対外的に
「いやぁ、これこれこういう事があったもんでねぇ」
と頭をかきながら釈明する理由って、意外と欲しくありません?

純粋な理由って、時にそれが純粋すぎるが故に、
他人から見たら納得も理解もできないものだったり、
下手をしたら滑稽に映る事すらあるかもしれません。
建前だったら、そもそも理屈に合わないことも多い。

だから少なくとも自分ではちゃんと納得できるように、
それが純粋であれ建前であれ、こんな風に自分に言い聞かせます。

そのキッカケで、その理由で、いいんだよね、と。
はじめるときも、おわるときも。


それが「ついカッとなってやった反省は(ry」でもいいんですよ。
どれだけガキっぽい理由でも全然かまわないと思う。
その事が、自分でわかっていれば。
あるいは、後になってそれを認められれば。

そうやって考えれば、私と同じようなシチュエーションに立ったとしても、
誰もがニコマスのPになったわけじゃないんだろうな、という事もわかります。
あの時、あの場所には、私にとって"キッカケ"足りうるものがあった。
そしてそれは、誰にとっても"キッカケ"になるとは限らない。

多様性をもって是とする私のスタンスは、
その"多様性"という言葉の中に自分も含めることで
自分の存在を是としたい欲望の裏返しでもあるのですが、
それでもその"多様性"に含まれない、入れたくない事象も
あるわけです。公序良俗や常識良識はひとまず置いといて。

納得しない、できない、認められないキッカケは
イヤかな、なんて。他人様のことはわかりませんが、
自分自身のこととしては、そんな風に思います。
ここがその道で飯を食う人間の集団だったら、こんな事は思いません。
むしろ全て納得づめで全てが進むことなんて絶対ありえない。
そうじゃないから、こんな風に考えるんです。

自分は何故、それをやりたいのか。前にも書いたけど、
「初心に還る」ための、還るべき「初心」。
そこさえ見えていれば、変な後悔はしないかなぁと。

自分で書いててなんですけど、面倒な生き物ですよね、人間って。
・・・って、そんな無茶な締め方していいのかよと自分で思った(笑)。
ま、そんなわけで考えも無くフラリと書いた由無し事でありました。
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Author:赤ペンP
都内某所に潜伏し、ひっそりアイマスMADを製作中。表向きはうだつの上がらないサラリーマン。人生のモットーは、なだらかに昇りなだらかに落ちる放物線。

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