赤ペンPの添削日記
由無し事を徒然に書き連ねる日記。
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とんぼ
今日はもう赤ペンPじゃなくて赤ペンPの中の人の文章なんで
タイトル見てティンと来なかったら読まなくていいっす。

もう皆さんご存知かと思いますが、10/1の最終戦をもって、
オリックスの清原が引退をしたわけです。

すっかり物心もついた私が、野球を熱心に見始めた頃。
PL学園の桑田・清原と言えば、野球をやっている人はもちろんでしょうが
野球が好きで見ているだけの自分にとってもまた、憧れの的でした。
初めての夏の甲子園から、全部見てたなぁ。年齢もプロ野球の選手ほどには
離れていなかったから、どこかリアリティがあるようで、ないようで。

記録を紐解くと、実は清原という選手はただの1度も、
首位打者にも、ホームラン王にも、打点王にもなっていません。
捉え方は人それぞれでしょうが、ある意味で清原は、「怪物」と称されていた
あの頃に、既に完成してしまっていたのかもしれません。

そこから先は、その称号とのギャップと常に戦う日々。
ただ、そうあることだけを望まれた存在。
晩年は決して輝いた日々ではなかったけれど、23年もの間
そうあり続けた、あり続けようとした事は、やっぱり凄い事なんだろうな。

最終戦で4番に座った清原は、右中間に目の覚めるようなライナーを打ち込みました。
全盛期ならスタンドまで持って行ったかも知れない。昔から、右へ打つ事が
天才的に上手かったもんなぁ。右方向に狙ってホームランを打てる右バッターと言えば、
私が知る限りでは、山本浩二と、落合博満と、清原和博。この3人かな。

プロ生活23年間と、PL学園時代の3年間、合計26年。
四半世紀に及ぶ私の野球観戦の歴史の、真ん中だったり端っこだったりに必ずいた選手が、
これからはもういなくなる。

別にこんなセリフを吐く必要もないんだけど、吐く権利はあるだろうから、
オッサン臭いのを承知で書いてみたいと思います。

「ひとつの時代が終わったなぁ」

いい年こいたオッサンが、昔を懐かしむ光景。
王や長島、いやどうせなら野球から離れてもいいかな。
釜本や木村、大鵬・柏戸に北の湖、ハイセイコーに瀬古に具志堅用高、
海外にも目を向けるならマラドーナでもドクターJでもモンタナでもニキ・ラウダでも、
まぁ要するに、そういう人たちを熱く語る人々。

これ見よがしにそういうのを見せ付けられるとどこか引く部分もあるんだけど、
年齢を重ねて、そういう事をしたくなる気分がだんだん分かってきました。

清原は引退の挨拶で、ただただ感謝の言葉を述べていました。
オリックスのファンはもちろん、かつて在籍した西武や巨人のファンにも。
その気持ちもまた、少しづつ分かってきた気がします。

シーズンが終わってすぐに帰国し球場に駆けつけたイチロー。
ジャイアンツとの首位争いが未だに続く中駆けつけた阪神の金本。
「とんぼ」を歌うためにギター1本を持って駆けつけた長渕剛。
そして言うまでもなく駆けつけた盟友にして永遠のライバル、桑田真澄。

もう何年か、あるいは何十年かして、私がこの日の事をどれだけ熱く語っても
ただ煙たく思われるだけなんでしょうけど、そういう日があった事は、
どこかで誰かが覚え続けているんでしょうし、それは私の先輩たちが通ってきた
道程なんでしょうし、私の後輩たちがこの先いずれ通っていく道程なんでしょう。

それだけ素晴らしく美しい思い出も、時間がたてば色褪せ薄れていくものです。
今動いているこの瞬間や、可能性に満ちた未来に比べれば、変わることなく
ただそこにあるだけの思い出それ自体に、価値なんてないのかもしれない。

ただ、時折ふと思い出し噛み締めてみた瞬間。
それは退屈な日常や何ひとつ確かなものがない未来をかき消さんばかりの
輝きを、突然放ちはじめる。大切な思い出や記憶というものは、
そういうものなのかもしれません。

そういうものを、自分の中にいくつ残していけるのか。
人の在り方なんてものには正解もなければそれを判断する術もありませんが、
ひとつでも多くそういう思い出が残せる生き方は、少なくとも間違いではないと
思うのですが、どうでしょうか。

23年間、お疲れ様でした。26年間、ありがとう。
この記憶に負けないだけの思い出を残してくれる何かに、また出逢いたいものです。
この記事に対するコメント

タイトルだけで逆にティンときましたよ!
個人的に決して好きな選手ではなかったけれど、芸術的な流し打ちだけは好きでした。
あと、ボロボロになるまで現役にこだわり続けたところも。
長嶋以来の「記録よりも記憶」の選手だったんじゃないでしょうかね。
本当にお疲れ様でした。

俺も、前田智徳が引退する時にはきっとこういう文章を書くんだろうなぁと思います(笑)
【2008/10/02 01:19】 URL | ハイド #su5KoE9w [ 編集]


俺は小学4・5・6年生の頃、西武球場に年2桁ぐらい通っておりました。
♪光~輝く~大空た~か~く~も~える~男の~チャンスにつ~よい清原~
だったかな?西武ライオンズ友の会にも入っていました。

新人だけど清原は毎日スタメンだし5番打つのはスティーブにブコビッチ(;´Д⊂)
もーハッキリ言ってライオンズびいきです!!!超文化放送(´・ω・`)
的な少年時代を懐かしむとともに、おっさんになったんだなとも実感。
肉体改造(読売移籍)以降は…来期は是非スパスタとして勇姿を見せてもらいたいw
【2008/10/02 06:22】 URL | Y2P #- [ 編集]


KKでいうと間違いなく桑田派な私です。
桑田がアスリートとしての「野球選手」のさきがけなら、
清原は、最後の昭和らしい「野球人」という感じですかね。
まあ、長嶋などについて熱く語るオッサンを「ウゼェ」と思っていたけど、
これからは自分達がそういう立場に加わるんだなーと。
で、こういう話ってやっぱり止められないってのが、ようやく理解できるわけで。

【2008/10/02 16:12】 URL | きつね #- [ 編集]


> ハイドP
俺も決して一番好きなプレイヤーじゃないんですけどね、清原は。
でも忘れられないプレイヤーとしては屈指の存在ではないかと。
ちなみに私的ナンバーワンはダントツに村田兆治す。

> Y2P
鉄人リストはどこへ行った?(笑)さすがに格闘家はないだろうけど。
後に辻が1番に定着して5番にデストラーデ、石毛が6番を打つ
あの打線の絶望感はなかったよなぁ。

> きつねP
古き良き時代の匂いがする清原と、革新的な匂いのする桑田。
KKコンビってそう考えると凄かったなぁって思うわけです。
ま、お互いオッサンの輪の中に加わろうぜ!(笑)
【2008/10/03 19:44】 URL | 赤ペン #Td/ILGRk [ 編集]


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Author:赤ペンP
都内某所に潜伏し、ひっそりアイマスMADを製作中。表向きはうだつの上がらないサラリーマン。人生のモットーは、なだらかに昇りなだらかに落ちる放物線。

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