赤ペンPの添削日記
由無し事を徒然に書き連ねる日記。
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アイディアとイメージ
ただでさえ、この前書いたようにスケジュールが厳しくなってきてるってのに
7月に上げようとしていた作品で使う腹づもりだった洋楽がいまいちティンとこない。
で、これでもやりたいなと思っていた曲が自分の中で急浮上しつつ、他の曲と
方向性が被りそうで躊躇。とにかく出来る作業を進めつつ、完全に保留状態です。
前菜が決まってメインディッシュがあやふやってのは、まぁよくある話なんでしょう(苦笑)。

そんな状況下の思いつきでこんな文章を書いてますが、恐らく人によって言葉の使い方は
様々だと思いますので、まぁ肩肘張らず考え方の一例ってことで読んでいただけると
幸いだったりそうでなかったり。

タイトルにも挙げた「アイディア」「イメージ」は密接な係わり合いがありつつも
基本的に別物であると思ったりするわけです。私の中で考えるその違いは、
アイディアは言葉で説明ができるけれど、イメージは言葉では説明しにくいもの、ってこと。
「このキャラとこの曲を組み合わせたら面白いんじゃね?」っていうのは、アイディア。
「その時にこんな画にしたら面白くね?」ってのが、イメージ。

前者は説明もできるし、また自分以外の人にも理解しやすいけれど、
後者は自分の頭の中の話だし、その根拠も含めて説明しづらく理解されにくい。
まぁそんなところでしょうか。

自分の場合、実現できるかどうかはともかくとして、とりあえずアイディアだけを
ポンポンと書き殴って、そこからイメージが沸くかどうかを考えてみます。
わかりやすく書くと、「このキャラ」を決めて、「この曲」を決める。あるいはその逆。
で、その両者を有機的に繋ぐために、イメージする。そんな感じです。

もっとも、キャラと曲とその結びつきは同時に思い浮かぶことが多いですから、
問題になるのは「自分のイメージが動画として形にできるかどうか」ってとこでしょうか。
で、ついでに書けば「自分が考えた結びつきが他の人にとっても納得できるものかどうか」や
「その形が他の人に伝わりやすいものかどうか」ってあたりまで考えられるとベターなのかな。
伝わりにくいかなー、ってものを伝えてしまうためには相当なパワーと相応の技術が
必要な気がします。無い場合は曖昧な表現でお茶を濁す。私の常套手段(笑)。

逆にイメージの部分が先にありき、ってな場合もあるでしょう。
例えば最近すっかりメジャーな技術になりつつある「抜き」。
曲やキャラが決まってて、ある世界観を表現するために切抜きを使うって考え方もあるし、
逆に抜くことで表現できるイメージから、曲とキャラを持ってくる考え方もある。

アイディアもイメージも、それが頭に浮かぶかどうか、何を使うかまで含めて単純に
「センス」って言葉を使ったりするんですけど、ちょっとそれだと言葉足らずな感じが
するので、あまり私は使わないんです。いや、そりゃセンスってもんの存在や重要性は
全く否定しないんですが、それって先天的なものよりも、その人の経験則的な部分に
よるところが大きいんでしょうし、それを発露する場によっても捉えられ方が違うだろうし。

私なんかは、この歳になるまで映像なんてもんに積極的に関わることをしてませんでしたから、
少なくともそっち方面のセンス(及びセンスを生み出すだけの経験値)は客観的に見て
多くはないんでしょう。だから、映像に対して費やす代わりに自分がしていた何かから
センスらしきものを引っ張り出してやらないといけない。
・・・その発露の場が動画じゃなくてブログになっている気もしますが(笑)。

話が逸れました。ついでにもうちょっと逸らしてみよう。

坂本真綾好きとして、またカウボーイビバップのファンとして、
作曲家・菅野よう子には随分とお世話になっているわけなんですが、
あるインタビューでなかなか興味深い話をしていまして。

自分が作曲し、完成したサントラのCDを聞くかどうかと尋ねられて、
作っているうちに聞きすぎて飽きちゃうので基本的には聞かない、ってな答えの流れから、
アイディアやイメージと現実についての話になってて。

曲のアイディアやイメージは、自分の頭のちょっと上あたりのとこに最初から最後まで
ダーっと一気に沸くらしいんですよ。で、よーしこれを形にしたら素晴らしいものになる!と
意気込んで収録を始めるんだけど、結局いつもどこかで何かがネックになって、
思い通りにはならないんだそうです。これはスタッフが悪いと言うことではなく、
何をどうやっても浮かんだイメージは現実になる段階で、結局劣化しちゃうと。

その度に、「あー頭のこの辺のイメージの方がいい!これ聞いてる方がいい!」って
気持ちになるのだそうで。完成した自分の作品を聞かない(封も開けないらしい)のは
その辺もあるんでしょうね。

浮かんだイメージを形にするときには必ずある程度劣化するもので、
その劣化の度合いが少なくできる人は間違いなく「技術がある」人だと思うし、
そのまま形にして劣化させるくらいなら、形になりやすい別のものに転化して
表現できる人もまた「技術がある」のだろうし、その点に関して気持ちの折り合いが
ちゃんと付けられるかどうかってのも問題になるだろうし、
そもそも即物的な技術によらないアイディアを考え出して形にする事だって
技術の一つなんだろうし。

おお、話がまとまらなくなってきた(笑)。ともあれこれだけ書いたところで
なんとなく自分の中で整理が付いたので、面白いからこの状態で放置してみよう。
要するにそうやって考えてみると、「正しい行き詰まり方」ができるかなって。
って、これまた曖昧な表現!(苦笑)
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Author:赤ペンP
都内某所に潜伏し、ひっそりアイマスMADを製作中。表向きはうだつの上がらないサラリーマン。人生のモットーは、なだらかに昇りなだらかに落ちる放物線。

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