赤ペンPの添削日記
由無し事を徒然に書き連ねる日記。
08 | 2017/09 | 10
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いわゆる、古参と新参について。
いやね。
最初はこの動画の解説を書こうと思ったのよ。



で、その時に
「今の世代はデレステとかミリシタの映像を使ってるから
 据え置き機特有のやり方だけ書いてもしゃーねーな」
って考えて、違う事を盛り込もうとしてたわけです。
そしたら、書けば書くほどまとまらない話になって(苦笑)。

そうなってしまった理由を考えているうちに、気がついたら
思い切ってタイトルみたいな事を書いちゃえ!となったわけです。
最近なんとなくだけど、そんな事をボンヤリ考えてたってのもありまして。
それにしても乱暴な方向転換だなしかし。

注意点を少しだけ。
これはあくまで「ニコマス視点」からの話なので、アイマス全体を俯瞰して
どうかって話はまた違ってくるでしょう、というか知らんわ(笑)。
多少は共通項もあるかも知れないけどね。

あと、良し悪しとか優劣を決めようってわけじゃない事は
ここで書く話全てに共通しているんでそこんとこよろしく。
それを言い始めたら当然「自分の経験」「自分の感じ方」がイチバン、
って話にしかならないからね。

じゃ、いきなりですが。
赤ペンが思うに、この動画を見た時の感じ方が
新参と古参の分水嶺のひとつだろうなぁ、と。

whoP


いわゆる覚醒美希、茶髪ショートの美希が出て来る事も、
確かにその一因ではあります。箱○の無印アイマスにしか
登場しないから、古参じゃなきゃわからないですわな。
でも、事はそう単純ではないと思ってるわけで。

この先を読む前にこの動画を見ておいて頂けるとありがたいです。
できればコメントは消した方がいいかな。


無印アイマスを知らない人に説明せねばなるまい。

この茶髪ショートの美希を登場させるためには条件があります。
詳細は省くけど、その条件を満たすとゲームの途中で
金髪ロングの美希が髪を切るかどうかの選択肢が発生します。
そこでの選択で美希の外見がこのように変わると。

そしてもうひとつ。これはご存知かと思いますが
無印アイマスは1年のプロデュース期間が過ぎると
必ずラストコンサートの開催、そこからのエンディングを
迎えることになります。
その後改めてゲームを開始しても、また1週目、
プロデューサーとの出会いからスタートするわけです。

さて、動画のラスト。茶髪ショート美希が公園にいるシーン。
この公園はゲーム開始時、プロデューサーが美希と初めて出会う場所です。

上記二つの説明を踏まえてこのシーンを見れば、
ゲーム開始時の美希との出会いの場所に、ゲーム途中から登場するはずの
茶髪ショートの美希がいるなんて事は、何がどうあってもあり得ない、

という事がお分かりになるかと思います。

・・・そりゃニコマスは二次創作なんだから、
あり得ない事が動画になってたっておかしくないじゃん。
てか、むしろそういうものを描いてくもんじゃね?

うん、その通り。
確かに「いかにも二次創作的なシーン」ではあります。
そして、そのシンプルな考え方が正解であるのならば、
この動画がこれだけの人に見られている説明がつかない。
だからこの動画は分水嶺だなーと感じているわけです。

赤ペンが考える、古参と新参の違い。簡単に言えばそれは
「終わりから始まった人達と、終わりをまだ知らない人達」
って事になるかな。

先ほどの説明と重複しますが、箱○の無印世界は
1年間というタイムリミットがあり、そこで何らかのエンディングを迎え、
次にゲームをスタートしてもまた「ふりだしに戻る」。
何度プレイしても、ゲーム的な意味でどれだけ上手くプレイしても、
それは決して変わる事はない。画面のこちら側にいる存在には
どうすることもできない、それは言わばパッケージされた、閉じた世界観の
ゲームであるが故の「無印アイドルマスター世界の枠組」みたいなものです。

その「無印アイドルマスター世界の枠組」から、このシーンは外れている。
何百回、何千回プレイしても、あの公園には金髪の美希しかいないはず。
にもかかわらず、茶髪の美希がそこにいるという意味。

だからこの動画を見る古参に、あのシーンは突き刺さる。
さすがにこれ以上の説明や解説は野暮だからしないよ。

例えばアイドルに対する想いであるとか、プロデュースってものに対する
考え方であるとか、それにまつわる喜怒哀楽であるとか、そういうものは
時代が変わろうが人が変わろうが男女や年齢の区別なく存在するし、
古参も新参もなく持ち得るもの、体験し得るものだと思います。
アイドルマスターがアイドルマスターである限りはね。

でも、この動画を見た時に古参が感じるえもいわれぬ感覚は、
新参の方、とりわけシンデレラやミリオンから入られた方に
説明するのがすっごく難しい。少なくとも今の時点で、
これに替わる体験をそれぞれのゲームの中に見出すのは、
赤ペンは難しいんじゃないかと思ってたりします。

そりゃそうだ。
現在進行形で走っている人たちに「終わり」の話なんて失礼だろうと(笑)。
あるいはそれって「サービスの終わり」みたいな、もっと深刻な話
意味するかもしれないし。

そう、彼らの世界は閉じていない。枠組なんてない。
「そんなことはあり得ない」は、あり得ないのかもしれない。
かつて「可能性を生み出しただけでアウト」なんて言葉が
ありましたけど、今だったらそれは意味合いを変えて
「可能性が生み出されるんだからセーフ」なんて事になるのかも。

そういう人が前述の動画を見たとして、古参勢のような考え方を
するのかと言われたら、やっぱそりゃ難しいよ。
説明や解説を聞けば理屈や仕組みは理解できるかもしれないけれど、
その時点で感情まではついてこないでしょう。
視界の遥か向こう側の光景と、そもそも視界の範疇外の光景は、
見えないという点では同じでも本質はまるで違う。

余談だけど、無印の閉じたアイマス世界は2nd Vision以降、
段階的に「閉じていない世界」へと変貌して今に至ります。
今となってはプロデューサーに告白しちゃう春香も、
アメリカに活動の拠点を移すことを明言する千早も、
プロデューサーと結ばれて引退するあずささんもいない。

そのことに一抹の寂しさを感じつつも、だからこそオリジナルのメンバーも
ここまで歩みを続けてくる事ができたのは紛れもない事実、
というか、あのRest@rtは結局それこそが主たる目的だったわけだよね。
閉じた世界に物語を注ぎ込めばいずれは溢れ出てしまうわけで、
それを避けるには、世界の枠組を規定しない方が都合がいい。
この先も長く、コンテンツに可能性を付与するための施策として。

それでもさすがに765組はそろそろしんどいかな、と赤ペンは感じてますが、
今回の趣旨から離れちゃう話なのでとりあえず置いとくとして。

せっかくだから、「反対の視点」の話もしておきましょう。
というか、実はこのエントリのスタート地点はこっちなんだけど。

最近の方がよく使う「ダイマ」という言葉というか、概念。
実は赤ペン、いまひとつこれがピンと来ないんです。

いや、そりゃダイマ=ダイレクトマーケティングの意味くらいは
わかってますし、自分があるアイドルをメインに据えて動画を作るのは、
そのアイドルを見て欲しいという思いがあるのは間違いないし。
ただこう、なんと言うか、ある種の切羽詰った感はそこにないわけです。
いいから見てくれ!的な押しの強さとでも言いましょうか。

そんな感じの違和感について考えてたら、ある日ふと思った。
赤ペンはここに至るまで、そういう追い込まれ方をした事もないし、
強い押しを要求される情況も体験してないんだよな、と。
(違う追い込まれ方や要求はされたことあるけど)

無印時代、いやアイマス2まで入れても大差ないな、
とにかくその頃、アイドルはほんの13人しかいなかったわけですよ。
若干趣旨が異なる876組とジュピターまで入れても20人に満たない。

例えばその中の一人が特にお気に入りだったとする。
じゃあ、それ以外のアイドルについて何も知らないのか、と言われたら
それはなかなか考えにくいわけです。どれだけ表面的でわかりやすい知識でも、
恐らく何かは知っている。私なんかは、そこをよく動画の取っ掛かりに使いました。
「共通認識」って言葉で表現してみたりしたもんですけど。

しかもそれぞれのアイドルごとに、中身は違えどほぼ同分量の情報が
提供されていて、その気になれば入手するのも容易い。
要するにその子を選んでプロデュースすりゃいいだけの話で、
ガシャやらボーダーやらを気にする事なく、自分のペースでやれる。

でも、特にシンデレラの世界ではそんな悠長なことは言ってられない。
200名近いアイドルが存在すれば、どうやっても明確な「扱いの差」が生じる。
そもそもその子の情報にアクセスするための手段もなかなかわかりにくい。

さすがにこの情況で「相手がこの子を知ってくれている」という
楽観から入るプロデューサーはアカンやろ、と思うわけ。
そうなれば、まず成すべきは「自分から声を上げる事」。
気付いてもらう事、知ってもらう事。そこからはじめなきゃいけない。
シンデレラのアニメ、武内Pの「せめて名刺だけでも」って、
そういう意味ですっごくシンデレラの世界っぽいセリフだよね。

そりゃそうだよな、と気付いたところから、今回長々と書いている
この話が生まれてきたわけなんですけどね。

結局、これって古参や新参の話じゃなくて
最初に出会ったもの、心惹かれたものの違いの話なんだなぁと。
そしてその時期に自分の目の前に何があったか、こればっかりは
人為的に決めたり選んだりできないわけで。
まぁ「閉じていない世界」を有するコンテンツってのは、ある意味で
今の時代特有の、昔にはあまりなかったものだと言えるでしょうから、
世代論や年代論のひとつだと分類するのもアリだとは思いますが。

今起きている事を説明するために昔の事を持ち出したり、
昔の事を説明するために今の情況に置き換えたり、
という事を人はよくやりがちだし、赤ペンも実際そういう事を
よくやったりします。このエントリもある意味そういうものかもしれない。

でも、そこには間違いなく「限界」があって、
そこを超えた領域はもう受け手の側に委ねるしかないんだな、
という達観というか諦観というか、そんな気持ちになるのは
古参老害になったというより「俺も老いたな」と(笑)。
そーゆー溝がある時に埋めようとするのはよくないというか、
埋める必要もないんじゃねぇかとすら感じちゃったりするし。

っつーか、こんなもん一線越えたら平行線ですよ。
「自分の担当が次回作でプロデュースできなくなった時の気持ちがわかるか」
とボールを投げつけて、
「自分の担当にいつまでたっても声が付かない、出番が少ない時の気持ちがわかるか」
とか打ち返されて、お互い身動きが取れんでしょ(苦笑)。

そこで変にマウント取りに行こうとするから慣れない武器を振り回して
ボロが出るわけで、「自分が知らんことは世の中にいくらでもある」と
割り切って相手を(たとえ表面上だけであっても)尊重しときゃ面倒事にはならない。
だいたいアレだ、年齢性別世代が違ったって同じ穴のムジナ同士、
似たようなことが起きりゃ似たような反応や立ち回りになるでしょうよ。

とは言え、溝を渡るための橋渡しくらいはあっていいのかもしれない。
知らんことを知らんままにしておくのも決して褒められることじゃないしね。
そう思うからこんな長文を垂れ流しているわけなんですけど。

そんなわけで、古参の側の狭い視点ではありますけど
考えてる事を書き連ねてみました。特にオチはない(笑)。
もっと具体的な事も書けなくはないけど(PVとか企画の話とか色々)、
それはもう自分の中で客観視できないから、ただの古参の愚痴なのか
もっと妥当性があるものなのかよくわからんので今回は割愛。

それにしても長文書くのにも昔より遥かに体力使うようになったね。
昔はこんなのを毎週のように書いてたとか信じらんないわ・・・。
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この記事に対するコメント

アイマスが好きなら、ネガティブな面は少しかいつまむぐらいがちょうどいいですよ
そのほうが幸せですし、なによりたのしいです
【2017/09/02 01:29】 URL | 今日の添削希望者 #- [ 編集]


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赤ペンP

Author:赤ペンP
都内某所に潜伏し、ひっそりアイマスMADを製作中。表向きはうだつの上がらないサラリーマン。人生のモットーは、なだらかに昇りなだらかに落ちる放物線。

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