赤ペンPの添削日記
由無し事を徒然に書き連ねる日記。
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劇場版アイマスを見てきました<ネタバレあり>
「"祝祭"に立ち会うという事」


まぁプライベートであれこれあったものの、
今すぐ身動き取れなくなるような話じゃなかったので、
色々とこなしていたら土曜日の夜がポッカリと空きまして。

で、調べてみたら池袋のレイトショーで空席があったので
急遽行ってくることにしました。一番後ろの席だったけど(笑)。

最初に内容などの細かい話は抜きにした、
直感的な感想だけは書いておこうと思います。

まず、赤ペンは「劇場版を見に行く」というよりも
「お祭りに参加する」という感覚で足を運びました。
その感覚は正解だったかなと自分では思っています。

肝心の内容については、「アニマスの流れを受けた劇場版」
という意味では普通にちゃんとしてたし、ファンの方なら
十分に満足できる内容
なんじゃないかと思います。

で、日中のTLや生放送などでみんなが語りたくなる理由も、
キャスト陣が舞台挨拶で感極まってたという話も、
自分なりに得心が行く部分がすごくたくさんありました。

じゃ、ここからは本格的にネタバレアリで。
パンフとか事前のインタビューは全然読んでいない、
個人的なクソ長い妄想の上に重い話だから気をつけてね。


まぁ言ってしまえば、色々と目に付いちゃう部分が
細かいところでたくさんあった事は確かです。
今日書きたい事の本質じゃないからさっさと最初に
書いちゃいます。ゴメンしばらくは我慢して(笑)。

映像的な部分で言えば、遊び心が随所にあった一方で、
恐らくは時間との戦いの中でチェックが漏れちゃった部分、
おいおい何でそこだけ妙に動きが細かいねん!みたいな
全体を見たときにバランスがおかしかった部分が多かった。
人物の作画もバラつきが厳しかったなーと率直に思うし、
「眠り姫」と「M@STERPIERCE」を頑張るのはわかるけど
もうちょっと、こう、さぁ、みたいな(笑)。

それからグリマス勢について。
ドラマを動かす役割はもう765プロの中からは出せないから、
それを「外側」から持ってくるのは自然だし、
その時のメンバーとしてモゲマス・グリマス勢を差し置いて
全く新しいキャラを持ってくる必然性はまったくないし、
じゃあモゲグリの二択でどっちと聞かれればそりゃグリマス勢で、
だから彼女たちがキャスティングされた事に関しては
当然だよねー、と思っているわけですが。

ただ、私はゲームをプレイしていないので
そこから先の細かいところがよくわからない。
このメンバーである必然性とかは
「恐らくこの役回りだから"主力級"は外したんだろう」以外はなんとも。
そして素朴な疑問なんだけど、この子達はゲーム内でも
それぞれこういうキャラクターだ、という認識でいいのかな?

だからこの部分についての感想は保留になります。ただ、
少なくとも可奈が練習についていけないという事を
ストーリーの起点にしているのに、最後のライブシーンが
あれだとちょっとなー、とは思いました。
もっと派手に踊ってるシーンはあってよかったと思う。
曲の良し悪しとは別の次元でね。

お話の整合性に関してはあまりとやかく言い過ぎるのも
どうかとは思うんだけど、それにしてもあの失踪に対して
スクール側が何もしてないのは気になっちゃったかなぁ。
あと太らせる必要は無かったと思うんですけど!!

そういうあれこれをライブシーンで締める、という
構成まで含めて、正しくアニマスの劇場版だなぁ
思ったし、逆にそれ以上のものというのは無かった
というところかなと思います。

それらの不満要素のいくつかは、アイドルマスターという
コンテンツの構造上避けられない問題点であり、それは
アニマス開始の時点でも言われていたことです。だから
劇場場でもそこはもうある程度は仕方ないのかなと思う。
主要キャラが13人もいて、基本的にはみんながそれこそ
「等価」で、その中で話を回す事は難しい事だよね、って話。

それを2クールという時間を掛けて描く事でカバーした
アニマスと比して、劇場版は「わずか121分」。
色々詰め込んであって、でも生かしきれていない要素は
各所にあったと思います。

うん、色々あるよ。あるけど、こうやって
後から振り返れば出てくるという話であって、
見ている時はそういう細かいところはあまり
気になりませんでした。ちゃんと最後まで普通に見られた。
ストンと落ちてくる内容だったと思う。
前述の「遊び心」に関してはありすぎて書ききれない(笑)。

いろんな積み重ねをしてきた人たちの記憶に
ちゃんとリーチしてくれている映画だと思います。

金曜日の日中にツイートしたんだけど、こういう映画は
原作ファンを笑顔にできなかったらダメだと思うんだ。
「原作にないものを!」と力んで意気込んで空回りして、
結局原作ファンからはそっぽを向かれ、新しい顧客も
得られなかった作品は枚挙に暇がない。

さすがにアニマスを作ったスタッフだけあって、
その部分は外していない。そういう「安心感」はすごくあります。

だからこの映画の評価って凄く難しいです。
「単体の映画」として見た時には色々と足りないところがあって、
でもそれをカバーして余りあるくらい「アイマスの劇場版」として
ちゃんとしてたし、作っている人たちが頑張ってくれている感が
ひしひしと伝わる作品だったと思います。
両者は等価で、後はどっちを先に取るかってだけの話で。

ともあれ、アイマス好きな人が見るのであれば
ちゃんと払ったお金の分楽しめるもの
だと思いました。
そこは間違いないと思います。


さて、だいたい一般的な話は終わったかな。
このあたりの事は、私が見る限りにおいていろんな場所で
語られているので目新しいものは無いと思います。

・・・じゃあこの後書くことが目新しいのかどうかは
全く自信がありませんけどね!!(苦笑)

この映画を見る前に、ずっと考えてました。
「この映画は、誰に、何を見せたいものなのか」
それが知りたいと。それを周辺情報からの
類推ではなく、自分の目で見て仮説を立てたいと。

結論というか、私の仮説を最初に書いておきます。
この映画は「アイマスファン」に、
「今、見せなければいけないもの」を、
「見せるべきもの」を見せたい、
そういう映画なのかな
と、私は感じました。

基本的にアイマスが成長物語であり、この世界を
10年近くにわたってこのメンバーが引っ張ってきて、
アニマスによってストーリー的にもひとつの着地点を迎え、
モゲマスやグリマスが登場し、いよいよファンの間にも
「世代交代」というものが現実的なものとして
実感されているんじゃないかと思っているんですが。

でも、考えてみればこれらは全て、
状況証拠から類推される憶測だったりする。
「新しいもの」が出て来る事は語られても、
それはイコール「古いものの退場」を
必ずしも意味しないわけで。

そんな状況で公開される劇場版。
どういった理由や判断があってこの形になったのか、
くどいようだけど類推の話でしかないので、その前提で読んでね。

でも私には、この映画が
「劇場版だからこういうことができる!」
「劇場版でしかできないデッカイ事をやろう!」
「ファンの皆さんにそれをお届けしよう!」
「広く一般の人たちに知ってもらおう!」
こういった感じには全然見えなかったんです。

劇場版という舞台で、できるだけ多くのファンに、
今、伝えるべき事を伝えよう。
そして大事だったのは、「伝える存在」。
彼女たち自身の姿で、声で、行動で。

それを形にする作業は錦織監督の仕事ではあったのでしょうが、
「伝えるべき事」の判断は、誰か一人という事ではなく
アイマスを世に送り出す側の人たちの、ある種の総意だと思います。
それが全てのファンにとって受け入れられるかどうかは
また別の問題ではあるけど、とりあえず話を進めよう。

そして「見てください!」みたいな感じじゃなくて、
「見ろ!」という、確固たる意思があるみたいだった。
だからなのかな、「頑張ってくれてる」っていう丁寧さを感じたのは。
押し付けにならないような気遣いが垣間見えたのは。

そうじゃなかったら、劇中のゴシップ誌の見出しで
「世代交代失敗」なんていう、自虐とも取られかねない
言葉を使おうとはしないと思うんです。
事前の生放送で「宣伝費が予算の向こう側に」という
自虐的でもある笑い話があったようですが、それも案外笑えない。
何のために、どんな層にリーチするために、どれだけの額を
使って、どう効果測定するのか、宣伝の難しい部分を
ある意味ガン無視したやり方であったんでしょう。

この映画の、作画的な面はともかくとして
ストーリーやドラマの筋立てが、「映画」としては
整合性が取れなかったり破綻してたり、もっと言えば
「それ、"劇場版"でやる事なの?」みたいな内容で
あった事は、当然作り手の側も知っていたと思う。
知っていて、でもこれを選んだんだろうなぁと。

このエントリの冒頭に「祝祭」という言葉を使いました。
うん、劇場版の公開は「お祭り」だったと思うんです。
だから、冒頭に書いた感想になりました。もう一回書きます。
私は映画を見るというよりはお祭りに参加する気分で
足を運びました。そして、その通りだと思った。

そしてそれは、何を祝う祝祭だったのか。
もちろん銀幕まで辿り着いた事を祝うのがひとつでしょう。
そして、765プロのメンバーの新たな一歩と、グリマス勢の、
というか「次の世代」の新たな一歩
を祝うためだった。
アケマスの「オフライン化記念イベント」みたいな感じ。

それを、状況から類推される想像ではなく、
彼女たち自身が、ちゃんと形にして、ファンに見せる場だった。

そんな風に考えると、いろんな事が腑に落ちたんです。

必ずしも出番や見せ場が均等ではないにも関わらず、
キャスト陣が舞台挨拶で感極まってたという話の理由。
だってセリフやシーン以上のものを要求され、
きっとありったけを叩き込んでたんだもの。

どう贔屓目に見ても、物語としては何度も見るには
厳しい内容なのに、その他の要因があるとはいえ
多くの人が何度も見ようと思っている理由。
だって「見終わった」瞬間の到来はなるべく先延ばししたいもの。

クライマックスのライブシーンで使われた曲が
「M@STERPIECE」というタイトルである理由。
だって彼女たちはそこまで辿り着いたんだもの。

5月に発売されるワンフォーオールが
「13人プロデュース」で「エンドレスプロデュース」と謳っている理由。
だってこれ以上時計の針を進める事は難しいんだもの。
2nd Visionのゲームとしてそれを残しておかないといけないもの。

そして、ファンにとってそれが共通認識である、という事以上に
リーダー天海春香が前面に押し出されていた理由。

天海春香という存在は、アイドルマスターの世界を
一番ニュートラルに映す鏡のような存在で、
それを覗き込む人の数だけその姿がある。だから彼女は、
設定で定められた主人公ではなく、時間を掛けてみんなが
その場所に押し上げた主人公なのだ、みたいな事を
いつだったかの黒生の放送内でお話しした事があります。

そんな春香を、他者を映す鏡であった春香を、
今回は中心において、観客に見せる必要がある。
そのために必要な、かつて春香が担っていたポジションに、
劇場版では千早がいるのかなって。

この映画は、ずっと千早の視点で語られてる気がしました。
だから新しい趣味としてカメラを手にして、その事が
前例のない形でわざわざ描写されたのかなと。

キャラクター的な理由もあるにせよ、グリマス勢と
直接絡む役割は伊織や雪歩に託して、千早は終始、
春香に寄り添っている存在。一見地味な役回りですが、
彼女は新たな趣味であるカメラを手にして、
「人物はあまり撮らない」と言いながら春香を撮影し、
そして合宿のメンバーの写真を母に送るチケットに添えて
春香と一緒にポストに投函した。

出番やセリフの量以上に、存在感があった。その存在感は
アニマスの物語を経た千早でなければ手にし得ないものだった。
そして、我々の鏡であった春香が、ようやくと言おうか
初めてと言おうか、その役割から解き放たれた。


他にも色々とあるんだけど、とりあえずこのくらいにしておきましょう。
だからこの映画は、内容自体じゃなくて、見終わった後、
この祝祭が終わった後に「はじまる」のかな
、と。
だって物語の終盤、春香のみならず他のアイドルの口からも、
何度となくこのセリフが語られているじゃないですか。

「私は、こうしたい。あなたは、どうしたい?」

この映画はすごくメタ要素が強くて、見た目に反比例して
エゲつない事をやってるような気がします。さすがに
「3年前にキチンとそれをやり損ねた連中が今更どんだけ上から目線だよ」
と、皮肉のひとつも言いたくなるけど(苦笑)、まぁそれは
過ぎたことだと水に流してもいいかなって思います。

そして何より、これが、見終わった後で、多くの人が何かを語りたくなる理由でしょう。
その問いかけには、ちゃんと言葉で返したいと思うもの。
返せるようにまとめておきたいもの。

・・・と、そんな事を思いました。正しいかどうかは知らないよ。
俺はそう感じましたっていう、それだけの話です。
インタビューやら生放送やらで語られてる部分はあるのかもしれないので
まぁそうだったら笑ってやってください(笑)。

そして最後に。
前述のように、気になるところもあった一方で、
思い入れの強い人にちゃんと届くような描写やセリフも
数多くあった作品だと思うんです。

ところがさ、映画が始まってから終わるまでの2時間、
ただの一度も、感極まりそうになる瞬間が訪れなかったんです。
事実として、最後まで普通に見て、普通にいろんな事を思った。
諸手を挙げて讃える事もなく、欠点をあげつらって貶めるでもなく。
なんだかすごく淡々としてる自分がいます。

少なくとも、この作品が私の胸倉を掴んで前後にブンブンと
揺り動かすことは、最後の最後まで、そして今なお、ありませんでした。
だからこんな文章をこの段階で書いてると思うんです。

自分はどうしたいのか。それはこの3年くらい
ずっとずっと、自問自答してきたことですから。

その事だけは、敢えて胸を張って他の人に言えます。

だからかな。映画を見ても、私の心は動きませんでした。
自分の中のアイマスは、自分の中だけのものでしかない。
公式のアイマスも、公式のものでしかない。
他の人のアイマスも、その人のもの。
当たり前だけど、そうなるようにしか、ならないんだなーと。

幸か不幸か、ちょっとプライベートが立て込んでいて
動画を作るペースが落ちます。そのタイミングで
この映画を見る事ができてよかった。せっかくだから、
色々考えてみようかなって思っています。

・・・でもこの映画をもう1回見ろってのは勘弁です(笑)。
絶対連続視聴向けの内容じゃないって!アイマス2と
いい勝負だよそこは!!(さらに笑)

以上、劇場版の感想を長々とお送りしました。
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赤ペンP

Author:赤ペンP
都内某所に潜伏し、ひっそりアイマスMADを製作中。表向きはうだつの上がらないサラリーマン。人生のモットーは、なだらかに昇りなだらかに落ちる放物線。

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