赤ペンPの添削日記
由無し事を徒然に書き連ねる日記。
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excuse
んー、勝手知ったる相手の作品で、内容的に
あまりアレコレ語る筋合いのものでもなくて、
おまけに先日書いた通り、カクテルの参加作からは
「自分のお気に入り」は選ばない主義の私としては
こういう紹介ってのもどうなんだろう、とは思いつつ。

まぁ、こんな事をするのはたぶんこれが最初で最後だ。
1回くらいはこんな事があってもいいでしょう。

M@co.jP




あくまでもこの動画から話を転がし始めて
自分語りに持ち込もうという趣旨で。
天邪鬼には天邪鬼がお相手を務めましょ(笑)。


アイドルとして、あるいは芸能人として考えた時、
ある地点を境にして、伊織は勝者となり、やよいは敗者となった。
俗に言う才能やセンスの差なのか、ちょっとした偶然なのか。
その要因が何だったのかはわかりません。

それを機に、二人の距離は遠くなった。

もともと仲は良かったわけだし、何か遺恨めいたものが
勝敗に絡んでいたとも思えない。それならば道を違えても、
好きな時にプライベートで会ったらええやん!
・・・というのは、きっと第三者の感想でしかないのでしょう。

やよいがドロップアウトした瞬間から、伊織はいろんなものを
自分が背負っていることを実感したんじゃないかなぁ。
そして自分がどうあるべきかを考え、その通りに振る舞ってきた

いわゆる「Winner takes all」というヤツです。
敗者には何も与えるな。
それはつまり、勝者の側からは差し伸べる手も、
語りかける言葉もない事を、同時に意味します。

やよいは芸能界から身を退き、高槻家の長女として、
ただの女性として、平凡で幸せな生活に戻っていった。
その後の伊織の活躍は当然見聞しているだろうし、
もちろん心から伊織を応援しているに違いありません。

でも、それ以上の何かをする気にはなれなかったんだろうな。
電話やメール、コンサートに足を運ぶ、事務所に遊びに行く。
そういう「能動的」な事を積極的にする性格でもないのでしょうが、
心のどこかに負い目や引け目のような感情もあったと思う。

動画で示された年月の中で、いつどんなことが
二人にあったのか、具体的なことはわかりません。
ともあれ、伊織の芸能生活10周年という節目を迎えるまで、
顔を合わす機会はなかったのでしょう。

伊織サイドの動画には、こんな作者コメントが。
「やっと・・・届いた。」
一方、やよいサイドの動画には、
「逢いたいのに、逢えなかったひとが居ます。」

仮にそれを「その動画の主役のセリフ」として
捕らえるのであれば。

伊織は「やっと・・・届いた。」と言いました。
道の途中で背負ったものの分まで高い場所に行く事を、
あの瞬間から彼女の矜持が自身に求め続けたのでしょう。

やよいは「逢いたいのに、逢えなかったひとが居ます。」と言いました。
誰よりも親友を知る彼女は、自分にできる事が
ただ信じて待つことのみであるとわかっていたのでしょう。

でも、実は動画のタイトル見ると、
伊織メインのカクテル6単品は[Y→I]で、
やよいメインのカクテル7単品は[I→Y]。
じゃあ、その逆のパターンってのも考えないとねぇ。

伊織は「逢いたいのに、逢えなかったひとが居ます。」と言いました。
彼女の矜持はまた、そうするためには自分が背負ったものの分だけ
高い場所に置く事を自らに求め続けたのかもしれない。

やよいは「やっと・・・届いた。」と言いました。
自分が諦めた道を歩み続けた親友の前に、
「あの時の自分」のままで立つわけにはいかないと、
そんな風に感じていたのかもしれない。

二人は、それぞれが歩んできた道程と時間を
形にして示せるようになる、その時を待ち続けた。

そしてあれから10年。

それだけの想いがありながら、でも伊織は
自分から声を掛ける事はできなかったし、
やよいは「10年前の伊織」に勇気付けられ、
「10年前の自分」に背中を押され手を引かれ、
ようやく出会ったあの場所に辿り着いた。

伊織は10th aniversaryを手土産に。
やよいは薬指の指輪を手土産に。
それは良く知る親友への思いやりでもあり、
ささやかな意地でもあり。

そして出会ってみれば、なんのことはない。
道を違え立場が変わり月日が流れ、それでもやっぱり
伊織は伊織のままで、やよいはやよいのままだった。
ただそれを確かめるだけの事にも、人はキッカケなり
理由なりを欲してしまうものなのだな、と。

困った。
いろいろ書きすぎて、自分語りのスペースがない(笑)。
しょうがない、今回は動画の話で終わらせよう。

2つの動画の冒頭、いいですよね。

Iori

同じ場所でずっと走り続けてた伊織にとって、
その10年は現在進行形であり、実感を伴わない
ただの数字でしかないんじゃないかな。
「気がつけば長かったな」、みたいな。
だから打消しの横棒が一本。

Yayoi

一方、やよいからすれば、芸能界から離れた事で
同じ時間を"外側"から見て過ごして来た。
10年の歳月は彼女にとって額面どおりの、
実感を伴って積み上げてきたものだった。
ただの10ではなくて「+10」なんですよね。

・・・前者の動画を作った時点では、この表現には
たぶん別の意味があったのだろうと推察するわけですが、
まぁ2つ揃ったからこそ単品を上げたんだから、
その点はガン無視して話を続けましょう(笑)。

同じ10年という時間を、二人は違う感覚で過ごしてきた。
この冒頭の表現はもちろん、動画内で描かれている二人を
見れば、その質の違いがハッキリと現れている。

ちなみに伊織サイドの動画ではあずささんが
ドロップアウトした事が示されてるし、
やよいサイドの動画では千早が今もなお
道の途中にいる事が示されてます。
それぞれの存在に、それぞれの時間が流れてる。

「10年経っても~」「100年経っても~」と言われる事があるけれど、
ぶっちゃけた話、この二人が「やよいおり」であった時間なんて
共にアイドルだった頃の、それもほんの一時期でしかないはずです。
同じ事務所とはいえ、活動母体となるユニットも違ってたわけだし。

でも、その「やよいおり」であったわずかな時間は、
二人のその後の日々に大きな意味と影響を与えている。
袂を分かち、同じ立場で向き合う事が永劫無くなった、その後も。


ま、これ以上は動画を見て各自が妄想すればいいんじゃないかな。
語るのも野暮だし、それを晒して作り主に2828されるのも癪だしね(笑)。

という事で、動画の話から派生した自分語りは次回に。
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この記事に対するコメント
通りすがりながら失礼します
”水瀬伊織の逢いたいひと”の冒頭って、ただの「10」に横線じゃなくって、「-10」に横線なんだと思います。「10」の左側は微妙に線が濃いですし。

だから伊織サイドの「-10(横線)」には、「10年前に戻れたと思ったけど、そうじゃなかった」ぐらいの意味が込められてるのかなー、と。
【2013/06/17 04:18】 URL | supa #- [ 編集]


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Author:赤ペンP
都内某所に潜伏し、ひっそりアイマスMADを製作中。表向きはうだつの上がらないサラリーマン。人生のモットーは、なだらかに昇りなだらかに落ちる放物線。

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