赤ペンPの添削日記
由無し事を徒然に書き連ねる日記。
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ウソとホントと、ホントとウソと
ドリP


どきゆりP


無論、どちらもいい作品ですよ。
でも賞賛の声はここじゃなくても見聞できるでしょうし、
今更おっとり刀でエントリを書こうってんだから
マトモな内容になるわけが無い(笑)。

だからそういうのは一切期待しないでね。捻くれた書き手としての
捻くれた小難しい(そして破綻している)話を書こうとしてますから。


「映画はウソでいいのだ」と言ったのは確かヒッチコックだったかと
記憶していますが(違ってたらゴメン)、そもそもニコマスというか
MADというか二次創作なんてウソでいいだろう、くらいな感覚は
元々持ち合わせていたりします。

今日取り上げた2作品も、また然り。

とりあえず前者は、ネタ師としてその名を轟かせるドリPから
この作品が出てきたという事実だけでウソくさいというか(笑)、
カクテル6で同枠に入った人たちは「何故カクテルでやらなかったし」
声を上げてもいいんじゃないかと思ったり思わなかったり。
(今度ドリPに会ったら土下座だな俺・・・)

後者も、その作者はどきゆりP。
昨年もその作品で長文を書かせて頂いた、赤ペンの中の
「ニコマス3大鬼才」のお一人。「語るに落ちる」を
誘発させたらホント手に負えない作り手さんなんですよねぇ。
「ウソをつく」というより「ホントの事を言わない」と
表現した方がいいのかなぁ。これでもちょっとニュアンス違うけど。

さて置き。
前者の何が一番ウソなのかと言われたら、
「アイマスでこのCMは絶対世に出る事はない」
って事。ですよね?

後者は一目瞭然。いるはずの人物がいない。
ひたすらいない。
声はすれども何もない。

そのウソを構築するために費やされた努力なり技術の事は
ここでは触れません。そういう趣旨じゃないんで。

ところが、ウソであるはずの作品を支えているのが
数多くのホント、だったりする。

それどころか前者なんて、そこに存在する全てのネタが
ホントの風景。そこには作る人がいて、魂を吹き込む人がいて、
それを楽しむ人がいて、拡げる人がいて、それらが縦横斜めに
複雑に繋がる事で構築された、ひとつの世界がある。
ただ「世に出ない」という一点においてウソではあっても。

後者は、見る人の中にホントがある。姿が見えなくても、
そこにアイドルたちがいた事を知っている。むしろ見えないからこそ
もっと鮮やかにそれを思い出す人もいるでしょうし、
その記憶と目の前の風景の乖離になにがしかの思いを馳せる人もいる。
「目に見えるものだけがホントではない」と言わんばかりに。

ホントの積み重ねが織り成す鮮やかなウソ。
ウソの風景が呼び起こすホントの記憶。

ホントとウソの間に存在する境界線なり距離を
巧みに操る、あるいは錯覚させる事。
それを心地よい違和感だと認識させる事ができれば、
人の心に引っ掛かっていくものなんだろうなー、
と感じた次第です。ホントの事だけでホントが語りきることも、
ウソだけで全てのウソを塗り固める事も、難しいのかもしれない。

例えば真実とか虚構とかリアルとかフィクションとか
言葉は適宜入れ替えてしまっていいと思うんですが、
その出し入れや匙加減って不思議だよね、というお話。
ほーら、何が言いたいのかわかんない破綻した文章になった(笑)。

余談。
ドリPの作品は、上げるちょっと前からご本人が
「ああ、これは素材に使える」と呟きながら
映像を集めていたあたりから拝見してたので
「何をする気なんだろう」って思って(笑)。

動画のコメントだかツイートだかで、
「パロディだから原曲使うしかないよなー」
(=アイマス楽曲だったらもっとよかったのに)
って意見を目にしたんですが、ここはほら、
ドリ音Pに人力で音源を作ってもらって「ドリドリ合作」
なんて面白いよね、と身勝手なことを思いましたとさ(苦笑)。

どきゆりPの作品については、ほぼ100%客観的な感想を書いてます。
残念ながら私はアニマスをそこまで思い入れて見てなかったので、
動画が上がった後のツイートで「背景素材美味しいです」みたいな
下衆な呟きをしちゃった(苦笑)。私の目には、まさしく
「人物がいない背景の1枚絵」だけが映っていた。つまり、
どきゆりPの仕掛けた魔法に掛かる素養も資格も無かった、と。

去年の夏にも似たような話を見聞しましたが、
作品を楽しむ、共感するためには、作品の内容だけでなく
受け手の側にもそのためのチャンネルが必要
なのだなぁ、
という事を改めて感じました。

そんな感じのご紹介でございました。
この記事に対するコメント

蛇足なのかもしれませんが、僕が聞いた話を。

以前、写真をやってる方に、「スピード感のあるものは逆にスピードを止めないとスピード感を表現できない」と言われた事があります。

実際その通りで、スポーツでは「止まってる」写真がほとんどです。
でも、例えば「ホームランを打てるスピードで動いてるはずのバットが止まってる」って事実は、スピード感は無いけど、十分すぎる緊迫感が写ってるという事実が代わりにスピード感を伝えてくれます。
レースの写真とかも、背景が流れてたりはするものの、大半は車自体は流し撮りで止められてますし。

後は滝とか分かりやすいでしょうか。
華厳の滝やナイアガラの写真を思い浮かべると、基本的に全て水が止まった状態で写されてますね。
逆に、幻想的な雰囲気の滝(富士山の白糸の滝とか)だと、多くは水の流れた状態で写されます。
この文章だけ見ると「スピード」が写るようにも思えますが、実際に写真として出来上がるのは「水のヴェールが掛かった光景」です。ある意味、時が止まったようにも見えるかも。

だから、相反するものを使って表現する、って手法は意外と邪道でもなんでもないのかなー、と思います。
【2012/02/11 21:53】 URL | ペンタ #scDjLdmk [ 編集]


> ペンタP
そうですね、動かすことで表現できることと、止めることで表現できることの
両方をうまく使い分ける方が、表現の幅は確実に広いでしょうから。
自分でもうまくその辺の出し入れができたらいいなー、とか
思ったり思わなかったり。そういう趣旨の文章ですね。

しかしまぁ、こーゆーことは精進ですなぁ。
【2012/02/12 19:37】 URL | 赤ペン #Td/ILGRk [ 編集]


ほら、カクテルでは
あえてバットを短く持って得意なコースの球を手堅く打つ戦法にしてみたわけですよv-226

確実に塁に出てみんなの見たい姿を見てもらい、さらには追加点をさらうv-217
いやあ流石だ、職人芸i-105

ぜひ近いうちに音Pさんにも声をかけさせていただき、ドリ音ドリ音は実現したいですねv-8 (ウソ)
【2012/02/20 03:56】 URL | どり #- [ 編集]


> ドリP・・・でいいんですよね?(笑)
いや、私自身はアレで大正解だと思いますというか
提出作品見て吹いただろどうしてくれるんだ的なですね(笑)。
その漢らしいブレなさっぷりに全米が泣いた。

ああ!その発想は無かった!>ドリ+音+ドリ音
先生!完成形が全然見えません!!(笑)
【2012/02/20 22:07】 URL | 赤ペン #Td/ILGRk [ 編集]


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Author:赤ペンP
都内某所に潜伏し、ひっそりアイマスMADを製作中。表向きはうだつの上がらないサラリーマン。人生のモットーは、なだらかに昇りなだらかに落ちる放物線。

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