赤ペンPの添削日記
由無し事を徒然に書き連ねる日記。
09 | 2017/10 | 11
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Turning Point
今日の一言。まさやんぐPさすがです(笑)。
意見の中身がどうこうじゃなくて、ちゃんとこういう形に
落とし込める手腕
、ちゃんと見習いたいなぁ。

さて、なんか思わせぶりなタイトルになっちゃったけど
ここ数日は例の話ばっかりしてたんで、さすがにそろそろ
普通の由無し事を書きます。

それにしてもこの曲のクレジットに
<G:スティーヴ・ルカサー B:ビリー・シーン>
とか書いてあって盛大に吹いた若かりし頃。
奥井雅美ファンだけウケればよし。

赤ペンは基本的に「お話で動画を作る人」なので、
映像以外のものをアイディアの参考にする事が
比較的多かったりします。だからいつまでたっても
見た目で人を惹き付ける動画が作れないんですが(笑)。

で、参考にするしないそっちのけで、ついつい
「お話の転回点」みたいな部分を探してみたり。


物語の節目。大きな変化。その前後で流れが変わる場所。
お話でなくても「流れていくもの」にはそういう場面が
多々あったりします。

アイマスのアイドルでも、明確にそれを持っている子と
そうでない子がいますよね。
美希の覚醒ルートにおけるプロデューサーの交通事故。
千早における両親の離婚。
例えばこの辺は非常にわかりやすいかと。

他には・・・人によって捉え方は違うと思うんですが、
例えばあずささんなら「運命の人」の話を
プロデューサーにするところがそうなのかな、と思ったり、
春香はAランクドーム成功エンドのあそこまで
それがないのかな、なんて考えてみたり。

その転回点がハッキリ認識されるものなのかそうでないのか、
そもそもそれがあるかどうかはケースバイケースですけど、
それを探すのって面白いんですよ。それもお話が全部終わって
後から考えれば・・・という探し方をしなくても、
キレイに、自然に見えてくると、それだけで心地よい。

「けいおん!」なんてそのいい例でしたね。
ああ、微妙にネタバレかもしれないけど、まぁいいか。

ご存知の通り、2期シリーズは高校卒業という
明確なクライマックスが控えていました。
当然物語はそこへ向けて盛り上がっていくべきなんだけど、
困った事にこの作品、あんまり大きな事件や出来事は
起きない(起きたら困る)世界観
なんですよね。

恐らく「けいおん!」が好きな人は、あの5人の学園生活を
ずっとあのまま見ていたい、って願ってたと思うんです。
ビックリするような事件は起きない、淡々としてて平凡で、
でも穏やかな日々が続けば、それでいいわけで。

ただ、実際はそうではなくて、ちゃんとお話の中で
時計の針は回っていた。だから放っておけば物語は
勝手に終わりまで進むけれど、さすがにお話全体の
構成として、何か変化をつけないといけないわけで。

それを打破するために用意された転回点。
言うまでもなく、学園祭の最後のライブですね。

そこで何が起きたかと言うと、「主人公の交代劇」。
この回を境にして、物語の主人公は梓に変わります。
あるいは「梓の視点からの物語」に変わる、と言ってもいい。
どうでもいいけどこの名前を呼び捨てるのに
妙な抵抗感がある
のはなんででしょうね?(笑)

このライブで3年生の4人は、部活を引退すると同時に
物語の舞台の上でも中央から一歩引いた存在になります。
これは某Pの受け売りになるんだけど・・・その証拠にというか、
ライブが終わった後であれだけ泣きじゃくってた4人は、
これ以降涙を見せなくなります。
むしろ今まで以上に、普段通りの生活に戻っていく。

一方で4人を見送る立場となる梓。
ライブ終了後はそんなには泣いてないんですよね。
ところがここから、「しっかり者の後輩」キャラだったのが
嘘のように揺れまくる。

というか、そうなってもらわないと困るんです。
4人が卒業するのをただ見送るしかない彼女の視点は、
物語が終わるのをただ見届けるしかない我々の視点でもある
のだから。

それまでは5人が紡ぐ平穏な日々の物語を、
我々はちょっと俯瞰した視点で見て楽しんでいる、
というのが「けいおん!」の構図でした。

それがあのライブを境に、梓一人だけが平穏ではなくなる。
そんな梓に、自然とみんなが感情移入する。

描かれていることはそれまでとあまり変わらないのに、
俯瞰ではなく、彼女と同じ視点から見ると
今までとは違う風景、物語に見えてくる。

おまけに「梓には軽音部の後輩がいない」という
ダメ押しがあると。来年新入生が入ったとしても、
梓とその子たちとが共有できる時間は、1年に満たない。
「来年、梓はこの4人と同じ立場にはなり得ない」
という、声高には語られない事実が一層、
残される側の寂寥感を際立たせています。

その諸々の象徴が、最後の音楽室のシーン。
学園祭の前なら、アレだけ泣きじゃくる梓を前に
唯たちだって多少なりとも動揺してたと思うんです。
でも、やっぱり4人は泣かない。先輩らしい唯なんて
あのシーンだけですよ(笑)。

4人の、あの穏やかな表情。
それは、「ここ」にはもう自分たちの物語は
存在しない事を理解している顔、とも言えるんですよね。
あのシーンに、4人と梓の「距離」の遠さが端的に
表現されているように感じます。

ここで、梓視点の物語はおしまい。
最後の演奏の場面は、4人の演者と1人の観客が、
それぞれの間の距離を認め、そして越えるためのもの。
我々はもう一度俯瞰する側に回って、静かにそのシーンを
見守るだけの、そういう時間ですね。

そしてこの物語は、あのセリフで終わるわけです。

「あんまり上手くないですね!」

梓は知らないはずの、物語のスタート地点の一言です。
あれはもう「降りてきた」言葉なんだろうと思います。
演出としてあれを考え付くのはたやすいけれど、
キチンと使うのは難しいですよねぇ。
最初と最後に同じセリフが入って、この物語は
広げた風呂敷をちゃんと畳んだというか、
キチンと閉じた形になったというか。

この後音楽室にさわちゃんと委員長が入ってきますが
(ゴメン、本名忘れた・・・)
ここではもう5人の空気が違うんですね。今まで通りの、
我々が見てきたいつもの光景になってる。

最終回までに散々「節目」「終わり」を見せておきながら、
最後のシーンは音楽室から流れる、いつもと同じ演奏の音。
最終回らしい「特別な演出」もなくて、この後番外編まであって。

これが、無言のメッセージなんでしょうね。
それはつまり、「けいおん!」というお話は
成長物語でも、サクセスストーリーでもなくて、
ここで終わってはしまうけれど、あの日常の
なんでもない日々そのもののお話
だったのだ、と。

・・・なんか評論家みたいなエラそうな話になった(苦笑)。

話を戻すと、「けいおん!」は転回点となるようなイベントと、
そこからの変化を丁寧に、自然に表現してるなぁと。
見ていて心地よく感じられるのはそこが理由でしょうね。
派手な事をしなくても物語には変化をつけられるという
ひとつの参考になると思って、熱心に見ていました。

だから逆に「劇場版って何をするつもりなんだろう」
という興味があるんですよ。もう「この後」の話は
あり得ないから、どこかのエピソードを抜き出すんだと
思いますけど。んー、どう料理する気なんだろう。

随分と長くなりましたが、それはもうここ数日の
後遺症
みたいなもんですね(苦笑)。
そんな具合のけいおん!エントリでございました。
なんだかなー。
この記事に対するコメント

けいおん!?




ま、これだけでオイラの言いたいことはわかると思うがw
【2010/09/30 04:26】 URL | た。 #- [ 編集]


> た。
けいおん。


なるべくわからないように努力するw
【2010/09/30 21:01】 URL | 赤ペン #Td/ILGRk [ 編集]


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Author:赤ペンP
都内某所に潜伏し、ひっそりアイマスMADを製作中。表向きはうだつの上がらないサラリーマン。人生のモットーは、なだらかに昇りなだらかに落ちる放物線。

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